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ベートーヴェン:第23番 熱情  pf : エミール・ギレリス






ベートーヴェン中期「傑作の森」楽曲群が苦手だ。

音楽史においての重要度や、楽曲の完成度はもちろん凄いと思うのだが、

しつこくヒステリックな絶叫や剥き出しの闘争性が肌に合わず、好んで聴くことはない。

なかったのだが、不思議な事に最近「熱情」ソナタを延々と聴いている。

なぜか。。。第三楽章に、昔うたった童謡「小さい秋」に似たフレーズが出てくることに気づいたから。

だーれかさんが、だーれかさんが、だーれかさんがーみーつけたー・・・の所。

これに気づいた時、何となく第三楽章が秋の嵐のように思えてきて、

そうするとこのソナタ全体からも、秋の風景が見えてくるまでになってしまった。



こういう一つの取っ掛かりから、今まで全く良いと思えなかった曲が大好きになってしまうことはたまにある。

これは全く不思議な事だ。音楽に意味を含めず、音としてのみ聴くことは不可能なのかもしれない。

それは良いけれど、逆に音楽を音ではなく意味としか捉えられない人種もいる。

そういう人たちは大抵その意味を他人に押し付け、自分の意見を補強する道具のように使う傾向がある。



私が熱情ソナタに秋の感じを読み取ったとしても、それはどこまでも個人的な事でしかない。

ベートーヴェンがそんな事を考えながら作曲したわけがないし、戦後に日本で作曲された「小さい秋」が

たった一つのフレーズでこの曲と繋がっているのも取るに足りない事実だ。

しかし、この熱情ソナタが秋であることは私の中で体験を伴った真実となってしまっている。



岡潔のエッセイの中で、「美の本質は懐かしさかもしれない」というような言葉があった。

私もそれに同意するのだが、熱情ソナタの第三楽章は、私にとって幼年期の童謡と結びついて

それまで全く気づかなかった美をあらわす事になった。

懐かしさはけっして過去のものだけに対して感じるのではないのだろう。

美が永遠であるならそういうことなのかもしれない。

出会ったことのない面影、訪れたことのない故郷の秋の風。。。
2019/07/15(月) 00:23 PERMALINK
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