モーツァルト:交響曲第39番、第40番、第41番  








モーツァルトの最後の3つの交響曲。

これら3つで一つの連作のようだとも言われるが、通俗的なイメージとしては、

39番:白鳥の歌

40番:疾走する悲しみ

41番:堅牢で巨大な構築物

みたいな感じだろう。中でも40番は冒頭のメロディがかなり有名な代表曲だ。


最近これらの後期3大交響曲を集中的に聴いていて、感じたのだが

短調の40番はそこまで激情的ではなく、音だけの精密機械のような聴き方をしても面白いこと。

また、39番と41番は、意外と通して聴いた時の印象が似ている、とまではいかないが、

共通した聴後感があると感じた。どちらも第2楽章が楽曲の中心であると感じる。


モーツァルト特有の、なんとも不思議な寂しい長調。そこからの移ろい。

まっさらな空の下の白い建物。薄笑いしながら落伍していく人生。

この世に自らの魂の居場所が金輪際存在しないことの気づき。

そしてそれすらもどうでもいいこと。



41番ではこの第2楽章が曲全体の構築性から浮いている感すらある。

むしろ他の3つの楽章が浮いているのか。


スウィトナー指揮のシュターツカペレ・ドレスデンは最高の響きだ。

カンナか何かで氷を薄く削ったときのような感覚。

削られた氷はすぐ水になって、永久に戻ることはなく流れていく。





2019/04/27(土) 02:37 PERMALINK