シューベルト : ピアノ・ソナタ第18番ト長調(pf:スヴャトスラフ・リヒテル)






幹線道路にも近い新駅を降り、新興繁華街の反対側へ廻る。
郊外の広大な土地を利用して、そこは貨物のターミナルとなっており、
隣接して流通倉庫が立ち並んでいる。
巨大な立方体群と空が同じ灰色をした土曜の午後。
倉庫街の入り口に、唯一コンビニエンスストアが赤と緑の色彩を添えている。

そこで買い込んだコーヒーを片手に、このような単純な景色の中を徘徊することが、
いま中尾の人生の唯一の楽しみらしい楽しみであった。
特に何を見るでもない。何を考察するでもない。
直線と面により多くを構成された単純な風景は安らぎを呼ぶ。
ただ単に巨大な建造物が好きなだけなのかもしれない。
郊外の無機質な風景はわれわれの「近代」以後の、神の不在な荒野を連想させるかもしれないが、
その現実的な用途のみのために巨大な(それ故に何の意味も権威も持たない)、
倉庫や団地やゴミ処理場の前に立つとき、中尾は一種の感動のようなものを覚える。
それは、教育や探求により道徳や規範といった神理が認知される前、
単なる巨岩や巨木に畏敬の念を覚え神性を感じていた
われわれの祖先が持っていたであろう、アプリオリな境地であるのかもしれない。

そんなことを思ったり思わなかったりして、中尾は幽霊のように漂う。
懐かしい寂しさ・・・冷たいノスタルジー・・・どの角を曲がっても同じ灰色・・・

コーヒーに唾を入れてくれるおせっかいな神。
中尾はついにそのような存在を必要としなくなった。


2018/04/10(火) 13:40 PERMALINK