日本古代歌謡の世界








王朝の昔に中国大陸・朝鮮半島から伝わり、
それが長い期間を日本ナイズにさらされることによって
独特の異形な風貌を見せることになった雅楽であるが、
それらの器楽曲の伝来以前に、日本には独自の歌謡音楽が存在した。
今日では、外来音楽とともに宮中で伝承されることとなった
それらの古代歌謡もひとまとめにして「雅楽」と呼称されている。

今回紹介するのは、そういった「雅楽の歌モノ」を集めたアルバム。
といっても、管絃舞楽で主役となるような楽器はほとんど入っていないので、
大変地味な響きの、呪文のような歌が延々と続く。

だがこれが慣れてくるとクセになります。
『神楽歌』や『倭歌』などの、宮中の儀式でしか演奏されることのない
非常に貴重な曲たちなのだが、やはり儀式においては
華美な技巧よりも、シンプルな陶酔性が重要なのだろうか。
歌詞自体が現在も解読不能の「阿知女作法」なども、
もはや永久に失われた古代の闇を連想させる。

単調な旋律の中にも、その後の邦楽において支配的な位置を占める
都節音階的なもの(半音下降で核音に解決する)への傾斜が見られる。
管絃の主旋律においてもこの傾向があるが、歌謡においてのこれは
伝承の間に管絃からの影響があったのか、
もともと日本のうたの中にあるものなのか、
考察しても分からないが、面白い。

その中でも、現在の静岡あたりの地方で歌われていた民衆歌を
宮中に取り入れた『東遊』はその他と傾向が少し違って、
旋律のなかに半音下降で「核音の全音上の音」に解決する音も多い。
結果的にジャズなどでいうところのブルーノートを連想させる。
これは聴いてみるとすぐわかるのだが、すごく他と雰囲気が違って
楽しげというか、奥に篭っていく感じではない歌だ。

今で言う流行曲のような、『催馬楽』『朗詠』なども入って
全4枚組の大ボリュームなのだが、東京楽所の素晴らしい演奏もあいまって
私はとても楽しく聴けた。朝、陽が昇る前とかに聞くと雰囲気がすごく良いです。

いつの間にか一緒に口ずさんでいて、神々の世界へと・・・


2018/06/23(土) 13:56 PERMALINK